日弁連意見書を考える(上)5

5回目は、意見書の担保法案のうち「条約実施の準備及び国民への周知のために、条約実施・担保法施行まで3年間程度の周知・準備期間を置くこと」についてです。


意見書の中では、7ページにおいて「(5)必要な周知・準備期間の検証」の項として、
ハーグ条約について国民に適切な周知をはかり、また本条約及び担保法の的確な運用がなされるよう十分な準備を行うため、条約締結のための国会承認及びハーグ条約担保法の成立後、担保法の施行までには3年間程度の期間を置き、条約の締結は担保法の施行時に合わせるべきである。なお、ハーグ条約を締結した場合、同条約及び担保法の施行状況について適切な検証を行い、担保法の見直しや締約国との協議に活かしていくようにすべきである」と論じています。
特に後段の部分については、「同条約に基づく返還がなされた後及び不返還の決定がなされた後の子の監護に関する本案の裁判結果や子の監護の実態についても、締約国の協力を得て、可能な範囲で調査することを検討すべきである」と注釈しています。


ここでは国際条約と法律、2つの施行期日について言及しているわけですが、法律に限って言えば、
「法律の施行については、一般的に国民への周知という観点から一定の期間を置くことが望ましいと考えられています。加えて、その法律の中で政省令への委任がされている場合等には、その準備のためにある程度の期間が必要となります。そのため、公布後一定期間を置いて施行するのがむしろ普通なわけですが、その方法としては、(1)当該法律の附則で確定日として施行期日を定めるものと、(2)他の法令にその定めを委ねるものとがあります。いつからその法律が動き出すかということは、特に国民の権利義務に直接影響のある法律の場合には非常に重要な事項ですから、本来は(1)をとることが望ましいのですが、法律の執行の便宜にも配慮する必要があることから、(2)の方法がとられることも多いようです。」※1
として一定の期間を置くことの必要性が求められています。


そこで、問題はどの程度の期間が適切なのかについてですが参議院法務局では『いずれの方法にしても、どの程度の周知・準備期間が必要なのかということについては、明確な基準があるわけではなく、個々の法律の内容に照らして妥当な線を判断することになります。(2)の方法をとっている法律についてざっと見渡してみると、最短1月から始まって、2月、3月、6月、9月、1年、2年、そして最長3年というのもありますが、準備期間という観点からは、審議会の答申を受けて政省令を定めるというような場合にはある程度余裕を見なくてはなりませんが、それでも1年以上ということは考えにくいと思われます。1年以上の場合は、制度の大きな改変、社会経済活動への大きな影響といった点で十分な周知期間を設ける必要があるという場合であるといえるでしょう。それでも、1年、2年までは結構例がありますが、3年となると極めて少なく、最近では142回国会において成立した「特定家庭用機器再商品化法」がある程度です。』※2
と国内事例が紹介されています。


このことから、3年程度の期間を置くと提起している以上、その工程表や具体的な理由を示さなければならないと思いますが、意見書を見る限り根拠のないものとなっています。


現時点でも、日本国がこのハーグ条約に締結していないために、子の不法な連れ去りにより不利益を被っている人が多くいることを考えれば、こうした人権侵害を長く放置するのではなく、その心境を思いやるなら迅速な対応をとることが必要だと考えるのは当然のことです。


周知については3年間だけ周知すれば良いというのではなく、国際結婚をする当事者に外務省などが随時に説明をしていくことで周知が図られるものだと思います。周知は3年で終わるのではなく、継続的に行われるべきものです。ですから、周知のために3年間の期間を置くというのは、意見書の文面だけでは理由になっていません。


また、周知する内容も意見書の他の部分からすると問題があります。ハーグ条約は不法な連れ去りが子どもの情緒面・心理面に多くの悪影響を及ぼすが故に、子の福祉の観点からその行為を未然に防止するためのメカニズムです。不法な連れ去りは絶対ダメ、という一番重要なメッセージが伝わらないと意味がありません。子どもの福祉は国籍を問わず守られるべきものですから、これは国内事例についても同様です。


意見書の後段の部分で本案の裁判結果や子の監護の実態調査について言及されていますが、ここでも主語がありません。中央当局なのか、あるいは裁判所がその役割を果たそうとしているのか判別できません。いずれにしても、子の奪取条約については本案については判断しないことになっていますので、調査した結果を何のために用いるのか情報収集の目的が示されていないとプライバシーを侵害をするおそれがあります。仮にその目的が担保法の見直しや締約国との協議への活用なのであれば、当事者不在の国家機関による権力濫用を招きかねません。
この部分については英国の「REUNITE」という機関が先進的な調査研究を行っています。※3
一方で子の奪取条約は、両方の親とのアクセス権の保障を規定していますので、面会交流の適切に確保のために、当事者同意の上で用いられるのであれば全面否定するつもりはありません。子どもには両方の親の愛情が注がれるべきです。


※1及び2 参議院法制局ウェブサイト 法制執務コラム集「法律の施行期日」


※3 「国際的な子の引渡し(2・完) 樋爪誠 立命館法学 2008年4号[320号)69ページ(973)