日弁連意見書を考える(上)4

4回目は、意見書の担保法案のうち「ハーグ条約に遡及的適用がない旨の確認規定を担保法上定めることや、国内における子の連れ去り等や面会交流事件には適用されないことを担保法上明確化し、かつ周知すること」についてです。


この部分については大きく分けつ2つの提起がされています。
1 ハーグ条約に遡及的適用がない旨の確認規定を担保法上定めること
2 国内における子の連れ去り等や面会交流事件には適用されないことを担保法上明確化し、かつ周知すること
以上の2つです。


この部分の詳細については意見書の6ページ下段(4)ハーグ条約の適用範囲においては次のように書かれています。


ハーグ条約の適用対象は、国境を越えた子の連れ去り・留置、及び、国境を越えた親子間の面会交流であり、国内における子の連れ去り・留置や面会交流には適用がない。また、ハーグ条約の適用対象は、条約締結発効後の事案に限られ、発効前の国境を越えた子の連れ去りの事案について遡及的に返還義務は生じない。しかしながら、これらの点については、解釈・適用上の混乱を防ぐため、上記適用範囲に関する担保法の規定を明確なものとするとともに、政府においては、誤解や懸念を解消するために正確な情報を提供することと等の適切な措置を講ずるべきである。」


まず、1の法の不遡及についてですが、法の不遡及というのは罪刑法定主義のもとに派生した原則であって、国家権力が恣意的な刑罰を科すことを防止して、国民の権利と自由を保障することを目的とするものです。日本国においては憲法・刑法・刑事訴訟法に規定されています。この点につき、「ハーグ条約はあくまでも民事に関する条約なので、締結しても連れ去りが日本でいきなり犯罪になったりするようなことはない」※1のです。


民事面では、一般的には物権に関して時効というものが存在します。売掛金に対する請求権などがそれに当たりますが、子どもは物ではありませんので人間として尊重されなければなりません。この点「国際的な子の奪取の民事面に関する条約」では第4条において16歳以上の子どもについては適用対象外とすることと、第12条第2項で、奪取から1年以上が経過して子が新しい環境に馴染んだことが証明された場合に返還拒否できることが規定されていますので、充分に子どもの利益に配慮したものとなっています。刑事面でない子の奪取条約については不遡及効果を適用させる必要性はありません。むしろ、不遡及効果が適用されることで、適用されるはずだった連れ去られた親と連れて行かれた子どもの基本的人権が侵害されるおそれがあるとも言えます。


次に、2の国内の子の連れ去りや面会交流事件には適用されないことを担保上明確化し、かつ周知すること、についてですが、手続き上、「国際的な子の奪取の民事面に関する条約」が国内における子の連れ去り・留置や面会交流には適用されないことについては、その条約の条文を読めばわかることです。なぜ、自明のことを国内担保法でわざわざ明記する必要があるのでしょうか?
批准をしていない現時点でも、「外国から日本へと子の奪取があった場合に、国内法上、子の引き渡しを迅速かつ強制的に実現するための法的手段は十分に整っていない。とりわけ子に対する監護権に基づいて、子の引き渡しを命ずる家庭裁判所の審判を得たとしても、直接強制が認められなければ、奪取者側が居直った場合に有効な手だてがなくなってしまう」※2という問題点が指摘されています。補充すべきことに言及せず、適用範囲を狭めることしかない提起に「誤解や懸念の解消」とありますが、どこからの目線で言っているのでしょうか? 子の奪取条約が国内事案には適用されず、一方で国内での子の連れ去り・留置や面会交流について色々と問題があるならば、それらの問題を解消し補うため、直接強制力を伴った権限を付与するなどの国内法の整備を提起すべきであって、それは児童の権利に関する条約第9条からも締約国に要請されていることです。


第9条


1 締約国は、児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する。ただし、権限のある当局が司法の審査に従うことを条件として適用のある法律及び手続に従いその分離が児童の最善の利益のために必要であると決定する場合は、この限りでない。このような決定は、父母が児童を虐待し若しくは放置する場合又は父母が別居しており児童の居住地を決定しなければならない場合のような特定の場合において必要となることがある。


2 すべての関係当事者は、1の規定に基づくいかなる手続においても、その手続に参加しかつ自己の意見を述べる機会を有する。


3 締約国は、児童の最善の利益に反する場合を除くほか、父母の一方又は双方から分離されている児童が定期的に父母のいずれとも人的な関係及び直接の接触を維持する権利を尊重する。


4 3の分離が、締約国がとった父母の一方若しくは双方又は児童の抑留、拘禁、追放、退去強制、死亡(その者が当該締約国により身体を拘束されている間に何らかの理由により生じた死亡を含む。)等のいずれかの措置に基づく場合には、当該締約国は、要請に応じ、父母、児童又は適当な場合には家族の他の構成員に対し、家族のうち不在となっている者の所在に関する重要な情報を提供する。ただし、その情報の提供が児童の福祉を害する場合は、この限りでない。締約国は、更に、その要請の提出自体が関係者に悪影響を及ぼさないことを確保する。


すなわち、児童の権利に関する条約の締約国は、子どもが不法に親から引き離されない権利、定期的に人的な関係及び直接の接触を維持する権利を国内外を問わず守っていかなければならないのであって、国際間と国内とで対応を分けるなどというご都合主義的なことは書かれていないのです。


これは国際条約ですから一般の法律である担保法に優越するものであり、また日本国憲法第98条においても条約の尊重義務がありますので、立法過程において、条約に反し、国際間と国内で対応を分けるダブル・スタンダードを認めるような法律は退けられるべきです。また、国会議員には第98条を含む憲法を遵守し尊重する義務が第99条で課されています。子の奪取の前文及び第2条の目的からしても、不法な連れ去りや面会交流の妨害が日本だけに許されるということは、締約国間の協力で成り立つ子の奪取条約ではあってはならないことです。


逆に考えてみればわかることですが、日本から国外に連れ去られた場合で、その国が国内では不法な連れ去りを法で認めている場合に、連れ去られた親の立場に立って相手国の非協力的な態度がどんなに不公平で許しがたいことか、共感の視点から考えてみることです。そう言った事案に対しては日本国は抗弁できなくなってしまう可能性があります。


片方の親に無断で不法に子どもを連れ去ることも、子どもが両方の親にアクセスすることを妨害することも、どちらも子どもの最善の利益に反するのだという基本的原則は、どこにおいても貫かれるべきです。


※1 コリン・P・A・ジョーンズ『子どもの連れ去り問題』2011年3月15日 240ページ


※2 西谷裕子『国境を越えた子の奪取をめぐる諸問題』2006年11月30日 426ページ