日弁連意見書を考える(上)1

以下の投稿は、『ピッツァハウス23時』さんが「FPかしわ。の面接交渉権&お金相談」の自由投稿BBSに寄せてくれた論文です。日本弁護士連合会(日弁連)の面接交渉に関する意見書について、緻密(ちみつ)な分析を行っています。論点もオリジナルで面白い内容に仕上がっています。このピッツァハウス23時さんの論文を、(上)(下)2回に分けて、それぞれ5部ずつを紹介していきたいと思います。
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日弁連が2011年2月18日付『「国際的な子の奪取の民事面に関する条約」(ハーグ条約)の締結に際し、とるべき措置に関する意見書』を公表しました。これを同年2月21日及び21日、内閣官房、外務省及び法務省に意見書を提出し、最高裁判所に参考送付したとのことです。この意見書でとるべき措置の内容として、国内担保法の制定、個人通報制度の受入等、親子法関係情報の提供、関係者の研修、刑事不訴追の要請等が書かれています。


私も全文を一読してみましたが、主語が抜けているためにわからない点、引用文献が少ないためにエビデンスを確認できず釈然としない点があり、この意見書で与えられている情報にいくつかの問題を感じましたので、今回より不定期になると思いますが10回に分けて私なりの見方をこちらの掲示板に投稿していきたいと思います。


まず、今回は国内担保法(案)のうち、児童虐待ドメスティック・バイオレンスが認められる事案や刑事訴追を受ける事案には返還を命じない、とする部分についてです。意見書の1ページ目に「児童虐待ドメスティック・バイオレンスが認められる事案」とありますが、この主語がありません。誰が主体となってその事実を認めるのか、このページからはわかりません。


この意見書の言葉を借りれば、誰によって指摘されているのか根拠不明なのですが、4ページ「このような構造、及び子の監護権の問題については、原則として常居所地国の司法機関等の判断権を確保しようとする考え方について、それが子の利益に反することとなる場合も相当あるのではないかという点が指摘されている。同条約が規定する不法な連れ去り・留置の範囲が広いため、主たる監護親が他の親の同意を得ずに常居所地国を離れて子とともに日本に帰ってきた場合にも返還が命じられることが多い点も、同条約の構造上の問題として指摘される。」との記述から、子の奪取条約のメカニズムに疑問を呈し、常居所地国の司法機関等の判断権を制限したい意図が推察できます。


そもそも、注意深く読んでみればわかることですが、「主たる監護親が他の親の同意を得ずに常居所地国を離れて子とともに日本に帰ってきた」というその行為自体が、常居所地国の法律に反する可能性があり、また子の利益にも反するかもしれないという子どもが他の親を思う気持ちへの共感の視点が欠けているのです。


「不法な連れ去り・留置の範囲が広い」という点についても、広いと言っているのは主観にすぎません。実際に不法とされるには子の奪取条約第3条第1項でも(a)と(b)の2つの要件を満たすことが前提です。「(a)子が連れ去られ、又は留置される直前に常居所を有していた国の法律に基づき、個人、施設その他の機関が、共同で又は単独で有する監護権を侵害し、かつ、(b)その連れ去り若しくは留置がなかったならば、その監護権が共同で若しくは単独で現実に実施されていたであろう場合である。このa号の監護権は、法律上の監護権及び裁判上又は行政権の決定によって付与された監護権の双方を指す」※1


また4ページでは「これまでの各締約国による条約の実施状況を見ると、この常居所地国への迅速な返還を重視して例外事由を制限的に解釈適用する結果、親がドメスティック・バイオレンスから逃れて子を連れて自国に戻った場合や親が子と共に常居所地国に戻れば子の連れ去りについて刑事訴追を受ける恐れがあるなどの理由で、子と共に常居所地国への返還に対し異議を述べているにもかかわらず子の返還を命ずるなど、子の利益の観点から問題のある運用が見受けられる。」として、これまでの締約国の運用について事例や報告数も引用せずに決め付けた形で否定的に書かれています。


子の奪取条約の第12条第2項、第13条第1項、第13条第2項、第20条には、子の返還を拒否できる規定がありますが、「もとより、これらの規定の適用場面を拡大すると、子の迅速な返還を目的とする条約のメカニズムが機能しなくなるため、厳格な解釈が要請されている」※2のです。


児童虐待ドメスティック・バイオレンスはもちろん黙認できる行為ではありません。しかし、その問題の解決方法が不法な連れ去り・留置によって根本的に問題が解決できるとは私は考えていません。各地の児童相談所が試行しているように、家族の再統合というものを目指すべきだと思います。ドメスティック・バイオレンスは複雑な課題ですから、危険度評価をしてケースごとに異なる対応が求められますし、加害親にレッテル貼りをして引き離したままの状態を無責任に継続させるのではなく、「被害親と子どもの安全を守りつつ、また加害親にも暴力的関係性を克服する努力をしてもらいつつ、加害親と子どもの関係性を築いていくことが、長い目で見て子どもの福祉に適い、加害親の更生をも助け、ひいては被害親の安全にもつながるとの認識」※3に改めることが必要だと強く思います。


この意見書の8ページに「ハーグ条約の画一的・機械的な運用」とありますが、むしろドメスティック・バイオレンスに関して画一的・機械的な運用がされているのは、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」の方で、「申立側は暴力があったことを厳密に証明する必要がない」事や、「裁判所は相手方の反論を聞かずに保護命令を発することができる」ことなどから、虚偽の申立に対する防御の困難さという手続上の問題点が指摘されています。※4


刑事訴追については国際条約ではなく他国の刑法の関係であり、内政干渉とも受け取られかねないので非常にデリケートに扱わなければならない問題です。しかし返還を命じないのではなく、アンダーテーキングや罰則に代わる何らかの問題解決プログラムへの参加などを取り決める協定によって、両方の親が子どもにかかわっていく方向で紛争状態を解消するのも一つの方法ではないかと考えます。


※1 西谷祐子『国境を越えた子の奪取をめぐる諸問題』(『家族―ジェンダーと自由と法』水野紀子編)(2006年)東北大学出版会 427ページ

※2 同上 428ページ

※3 棚瀬一代『離婚で壊れる子どもたち 心理臨床家からの警告』(2010年)光文社新書 193‐194ページ

※4 ウィキペディア配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(「手続上の問題点」の項)