日弁連意見書を考える(上)2

まず弁解になりますが、身内がこのたびの地震で被災したことで第2稿目の投稿が遅くなってしまいました。私自身はたいした影響はなかったのですが、一時はプロバイダのIP制限でネットもつなげませんでした。私からも、被災された多くの方々にお見舞い申し上げるとともに、原発事故の早期収束を願ってやみません。


さて今回は、日弁連意見書の提起する担保法案の2つ目である「返還の審理に際して子の意見が適切に聴取されかつ尊重されるような法制度とすること」についてです。この部分は国際的な子の奪取の民事面に関する条約第13条第2項及び児童の権利に関する条約第12条にかかわる問題です。


この点につき、日弁連では5ページから6ページにかけて「同様に、子どもの権利条約が子の意見表明権の保障を規定していることを踏まえ、返還の審理に際して、家庭裁判所調査官を関与させる等して、子の意見が適切に聴取されかつ尊重されるよう、子の異議を返還義務の例外と規定する同条約第13条第2項に対応する担保法の規定を実効性あるものとすべきである」として、特に家庭裁判所調査官の関与を提起しています。また、この記述については「子どもの最善の利益」確保の見地から意見を述べていますが、「子どもの最善の利益」と[子の意思表明の尊重」とは必ずしも一致するものではありません。例えば、子どもが複数の場合「もしそれぞれの子について、別々に条約上の判断を加えたならば、ある子は返還され、別の子は返還を否定されるというような状況に陥ってしまうのである。これにより、一緒に生活していた兄弟姉妹が別々の国へ引き離されることになる」※1ことが懸念されているわけです。


現在の締約国の実務はこの点でどうなっているかというと、調べられた資料が少ないので、主にイングランドが例となりますが、この例外適用の条件として、一応有利な事件であること(prima facie case:この場合は奪取者側の反証がなければ返還が確実なこと)や子どもの返還に反対する意思が有効かどうか、特に子の成熟度や年齢が一定に達しているか、などを調査した上で裁判官が最終的に子の意見を採用するのかどうかを判断することになります。※2


イングランドの事案では「リーディング・ケースとされるIn re S.(A Minor)(Abduction;Custody Rights)は裁量により返還が否定されるのは例外的な場面だけであるとしている」※3というのが原則のようです。


また、意思ということについては意思表示の有効性として、意思主義と表示主義の対立、および民法第96条(強迫による意思表示の場合)の問題もあります。特に家庭裁判所調査官を含むすべての大人の誘導によらない子どもの意思確認というのは、子どもに単なる事実を聴取するよりもさらに困難を極めるといってよいでしょう。なぜなら、適切な質問方法や子どもの言語発達についての体系的な学習や訓練が、日本の場合は家庭裁判所調査官にはされていないからです。日本で、誘導によらない面接法の研修を受けているのは家庭裁判所調査官ではなく、ほんの一部の児童相談所の人だけです。


これは刑事司法手続きの話ですが、英国では1991年刑事司法法で「面接のビデオ録画を子どもの主たる証拠として用いることが認められました」※4が、面接の質を高めるために1992年「よき実践のためのメモ:MOGP」(Memorandum of Good Practice)が作成され、また改訂版である「刑事手続きにおいて最良の証拠を得るために:子どもを含む弱者、脅えた人々のためのガイドライン」が2001年に作成され、弱者や民族的マイノリティーへの配慮が強化されました。「よき実践のためのメモ:MOGP」の段階アプローチのまとめの中で「やってはいけないこと」として次のとおり段階別に示されています。※5


第1段階:ラポールの構築・・・面接官のほうから問題となっている出来事に言及してはならない。子どもをじっと見つめたり、触ったりしてはいけない。


第2段階:自由語りによる報告・・・子どもが言及していない出来事について直接尋ねてはいけない。子どもの話がとぎれても、すぐに口をはさんではいけない。


第3段階:質問・・・この段階では、子どもが話した内容を明確にするための質問すら行ってはいけない。質問をすぐに繰り返さない。文法的、構文的に難しい表現を避ける。一度に1つのことしか聞かない。


A段階:オープン質問(アプローチとして・・・焦点を当てつつも誘導にならないように尋ねる。)


B段階:特定の内容に関する、しかし誘導にならない質問・・・「うん(はい)」、「ううん(いいえ)」で答えさせるような質問は避ける。


C段階:クローズ質問(アプローチとして・・・話したがらない子どもにも話してもらうように、回答の選択肢が限られるような質問を行う。)


D段階:誘導質問・・・同じ答えが期待される質問だけを行わないようにする。


第4段階:面接の終結・・・大人の言葉でまとめてしまうことのないようにする。


話は民事面に戻ります。イングランドでは奪取者の抗弁しだいで子の反対意思表明が発見されるとして、「子の主観的意思を探求することについては否定的である」※6とされていますが、日本では面接交渉事案で意向調査と称して主観的意思の探求がされることがあります。ですから、より正確な意思探求には、子どもの意思の意向調査が奪取者側の親や代理人の強迫・誘導、場合によっては調査官による誘導によらないものであることを確認することが求められ、困難さを極めます。


日弁連意見書の言うように「子どもの最善の利益」を考えるならば、第13条第2項が無理やり適用された場合、奪取した親と奪取された親、双方の親への忠誠葛藤の板ばさみとなることから、本来選べるはずのない選択肢を子どもに選ばせることになり、子どもの心を傷つけることにつながりかねません。返還した場合、もしくは返還が拒否された場合、どちらであっても、子どもが双方の親へアクセスできる権利が確保されることが「子どもの最善の利益」だと私は考えます。


国際的な子の奪取の民事面に関する条約の起草段階で議論が重ねられ適用範囲が児童の権利に関する条約よりも低い16歳未満(第4条)とされたことから、第13条第2項の適用はイングランドの裁判所の示した原則に沿って限定的であるべきです。家庭裁判所調査官による関与というものが、誘導によらない意向調査である確実な保障がされていませんので、私は現時点で日弁連意見書の提起には賛成しかねます。


※1 樋爪誠「渉外的な子の奪取における返還の否定」立命館法学2000年3・4号下巻(271・272号)(五.子の反対意思表明〔一三条二項〕)
※2 同上
※3 同上
※4 M・アルドリッジ J・ウッド 「司法手続きにおける子どものケア・ガイド 子どもの面接法」5ページ
※5 同上256−257ページ
※6 樋爪誠「渉外的な子の奪取における返還の否定」立命館法学2000年3・4号下巻(271・272号)(五.子の反対意思表明〔一三条二項〕)