日弁連意見書を考える(上)3

3回目の今回は、担保法案の3つ目に当たる「その他同条約上の中央当局及び返還についての司法機関による審理及び審理手続・証拠方法に関する規定、返還命令の執行に関する規定、上訴に関する規定等を整備すること」についてです。


意見書の6ページで少し具体的に書かれていますが、
1 中央当局の指定は司法機関である裁判所が行うべき
2 返還手続きは司法機関である裁判所が行うべき
3 返還手続きを管轄する裁判所の指定に関する規定を置く
4 返還手続きの審理に関する規定を置く
5 決定に対する上訴権の規定を置く
6 審理における証拠方法について、書証に限定せず他の証拠方法もされるべき
7 例外事由の審理のために必要とされる場合には、審理方法及び期間面でその適正な審理が確保されるような手続とすること

大まかにまとめると、以上のような主張がなされていることになります。


ここで各論に目を向ける前に、総論として、そもそも「国際的な子の奪取の民事面に関する条約」は何を目的としているのか前文と第2条から考えてみたいと思います。


『子どもの奪取条約は、その前文において、子どもの利益が最も重要であり、?子どもの不法な連れ去り又は拘束から生じる有害な結果から子どもを国際的に保護すること、?子どもの常居所地の国への迅速な返還を保証する手続を確立すること、?面接交渉権の保護を確保するために署名国はこの条約を締結することについて触れており、各締約国における「中央当局」の指定等の必要な国際協力のシステム、子どもの返還を命じる裁判の準則等を定めている』※1
『?締約国に不法に連れ去られた子ども又は締約国に不法に拘束されている子どもの迅速な返還を確保すること、?締約国の法律の下における監護権又は面接交渉権が他の締約国において実効的に尊重されることを確保することを目的(2条)としている。』※2


以上のような子の奪取条約の目的から考えると、子どもを不法に連れ去ることは、原則として子どもに対して有害であることが共通理解として認識されなければなりません。と同時に子どもが両方の親とアクセスできる権利が守られることが非常に重要であることがわかります。これらのことが締約国同士の協力によって国際的に保護することが、条約の効果を実効性あるものとさせるのです。


しかし、日弁連意見書では協力関係によってこの条約が成り立っているという視点が欠落しています。条文の中には締約国間や司法機関と行政機関が協力するべきことが書かれている箇所が複数ありますが、ほとんど関係条文を紹介していない。「第何条ではこういうように書かれているが、こういう問題があるので、日弁連としてはこのようにしたらよいと考える」というような構文がこの部分にはほとんど無い。つまり説明義務を果たしていないのです。


その最たる例が1の中央当局の指定は司法機関である裁判所が行うべき、という意見です。
『中央当局とは、子どもの奪取条約の各締約国において条約を機能させる責任を負う組織であり、多くの国においては、我が国の外務省あるいは法務省に相当する組織が中央当局として機能している。また、中央当局は、対外的には、他の締約国の中央当局と協力する役割を、対内的には、子どもの奪取条約を適用する上で国内の裁判所や行政機関相互の協力を促進する役割を担っている』※3


日本では、批准している国際条約のうち「民事訴訟手続きに関する条約」の関係で「民事訴訟手続きに関する条約の実施に伴う民事訴訟手続きの特例に関する法律」が既に施行されています。この法律では当局は外務大臣に指定されています。批准している条約で実績のある外務省をあえて外すのであるならば、その理由を説明しなければなりません。裁判所が中央当局を指定した場合、本当に第2条に定められた迅速な返還手続が可能になると考えているのでしょうか?


裁判所が抱えている現状、すなわち多忙化や法廷のロースクール化、翻訳スタッフのことなどを考えると、むしろ逆の結果を招くかもしれません。裁判所にはそれなりの役割があります。しかし、行政機関との協力体制が整わないと子の奪取条約が実効的に機能しません。そのことは第7条(f)で規定されていますし、(g)では弁護士やアドバイザーの法律扶助の協力が求められています。


2の「返還手続きは司法機関である裁判所が行うべき」についても、これは中央当局の役割です。第11条第1項でいうところの迅速な手続きとは、公判を開かずして書面審査される略式手続のようなものであり、これについては裁判所の役割もありますが、あくまでも返還手続については締約国同士の協力関係を基礎として中央当局を通じて行動し、奪取された子どもに関する情報を交換し、外国に居住する申立人に対して必要な援助を行い、その他諸々の子どもの福祉を実現するための措置、各関係機関の協力があってはじめて条約のメカニズムが機能するのです。


3から6にわたる提起についても、どのような規定なのか?あるいはどのような代替の証拠方法があるのか具体性に欠けていますが、概ね原則的な手続きは公判のような審理ではないことから退けられるべきでしょう。「迅速な審理の要請を害しない限度」で採用されうる証拠方法も具体的に何も提示されていないので比較検討のしようがありません。


7の「例外事由の審理のために必要とされる場合には、審理方法及び期間面でその適正な審理が確保されるような手続とすること」ですが、どのような方法や期間が適正なのか示されていません。そもそも条約を批准していないので日本国には例外事由に係る判例がありません。外国のリーディングケースで審理方法や判例を学べばよいのですが、意見書の他の部分を読むとそうではなさそうです。


なぜ子の奪取条約が略式の形をとっているのかと言えば、『子どもの奪取条約の締約国は、不法に子どもを連れ去られた監護権者(共同監護、単独監護を問わない)からの申立てを受けて、条約上の例外事由(返還が子どもを肉体的あるいは精神的危機にさらすこと等)がない限り、居住していた国に子どもが迅速に返還されるように努めること等の義務を負うが、監護権を巡る父母間の争い等については、子どもの返還後に元々子どもが居住していた国の裁判所において決着をつけることになる』※4からです。いわゆる本案については争わないことになっているのです。
このことは、監護権の争いのみならず配偶者間暴力についてもいえるわけで、各締約国の常居所地国においても配偶者からの暴力から守る法制度は当然あるわけで、日本だけが自国において審理されなければならない特別の事情というものは無いはずです。


もし仮に、日弁連意見書の企図していることが、本人陳述のような証拠方法や上訴権を取り入れた公判のようなものを多く取り入れることとなれば、代理人たる弁護士の需要は増えるかもしれませんが、手続の迅速性は失われ、当事者は多くのコストを負担することとなるでしょう。そうして審理に時間がかかっているうちに第12条第2項の子の奪取から1年を経過する事も考えられ、新しい環境になじんだとされる場合には返還拒否事由になってしまいます。その前に第11条第2項で中央当局に要請を開始した日から6週間以内に決定が達していない場合には、申立人に遅延理由書の請求権があることも一切考慮されていません。


国民のほとんどは「国際的な子の奪取の民事面に関する条約」の条文をきちんと読んだことがありません。全文が和訳されたものも入手困難なので、ほとんどの人が情報弱者と言えるでしょう。しかし、大変ではあるけれども英文の条文を少しずつ翻訳していくうちに、日弁連意見書の提起していることが当事者の利益、特に子どもの利益に適ったものではないことに気がついてくるでしょう。


第7条(c)では、子の返還の自主的な確保のために友好的な解決方法をもたらす措置を講ずることとされています。関係者それぞれが友好的な解決方法を模索し、親同士の葛藤を低下する努力をするならば、争う事に用いなくても済んだ労力と時間とお金を子どものために用いる事ができるでしょう。そのような意味で、子の奪取条約の条文が適用される場面を増やすのではなく、批准された子の奪取条約が広く知らされることによって、子どもにとって有害な親同士の葛藤や子の連れ去り行為を減らす大切な意義を持っているのだと私は信じたいです。


※1 参議院第三特別調査室 大山尚
  参議院調査室作成資料2010年8月1日付「立法と調査」307号
  「国際離婚と国境を越えた子どもの連れ去り〜子どもの奪取条約について考える〜」
※2 同上
※3 同上
※4 同上